2012-04-25

カリフォルニアの太陽

日曜の朝レッドアイ(夜中のフライト)でカリフォルニアから帰って来た。私達を出迎えたのは冷たい霧雨にけぶる曇り空。曇天のグレイを背景に落葉樹の萌葱色の小さな葉っぱがパステルカラーのグラデーションを描いている。しっとりとそれでいて目が覚める程に美しい。

ブルブル震えながらほっと肩の力が抜けた。ここでは走らなくてもいい。居眠りをしてもいい。落ち着いてゆっくり考えられる。

カリフォルニアの澄み切った空を「ご破算に願いましては、の青い空」と表現したのは詩人の伊藤 比呂美だった。あまりにもあっけらかんとしていて、内省を求めない真っ青な空。そこには人に同じことを何度でも繰り返させ、ハイにさせる狂気が潜んでいる。ソーシャルネットワークの映画でザッカーバーグとその友達がカリフォルニアに移ったとたんに、気が違ったようにハイになって遊び出す。不眠症の覚醒した夜を誘う白っぽい太陽の光だ。たった4日の訪問だったけれど、私の睡眠時間も少なかったし、寝ることに何となく罪悪感があった。

それにしても、カリフォルニアの交通渋滞はひどくなる一方だ。2、3年に1度の割合で訪れる場所だけど、ドンドンひどくなっていて、そろそろ人間の忍耐を超すレベルに来ている。30分で行ける筈のところに2時間かかると生産的な生活はできない。でも公共交通機関のインフラは殆どないし、州政府は破産してるし、一体どうなるんだろう。

ま、他所の州の話だからいいんですけど(合衆国ですから、州が違うとあまり痛くないのです。)

 

 


 

 

2012-04-17

How tenuous our life is...

先日ニューヨーで仕事をしている次男が自分の仕事や生活について「life is tenuous」とつぶやいた。「儚い、変わり易い」という意味なんだろうなと思ったけれど、確認のために引いてみた。

ラテン語の薄いとか小さいが語源だけど、ゲージまたは直径非常に細い、あるいは細い一貫性があることも言うらしい。

Life is tenuous.

つまり「明日も今日の繰り返し、大丈夫」みたいに思って怠惰に過ごしているけれど実は私達の生活は微妙なバランスの中に脆く存在しているってことだ。でも儚いとはちょっと違う。

先週の日曜日、とても親しくしている友人が右目に網膜剥離を起こして、手術した。40年前に既に左目は剥離している。そのせいで今までも右目に頼って生きて来た。もしこの手術が上手く行かなければ視力を失うことになる。

自転車に乗るのが大好きな彼は、前日の土曜日に3000ドル(27万円ほど)の自転車を購入したばかりだった。子育て他に一息ついて、30年ぶりにやっと購入した自転車だった。

彼の細いゲージ上での綱渡りが上手く行きますように。

 

 

 

 

 

2012-03-10

ただほど高いものはない — タイムシェアホラーストーリー?

3月4日から3泊4日でワシントンD.C.の美術館を廻った。理由は夫が「Wxxクラブメンバーシップ,2時間のタイムシェアのプレゼンテーションに参加すれば、たったの150ドルで5スターのホテルに3泊できます!! もちろんタイムシェアを買う必要はありません」というプログラムを使ってバージニア州アレキサンドリアのホテルを予約したからだ。

泊まったホテルは1泊300ドル強(つまり900ドルー8万円程の価値がある。)ロケーションも良く、なかなかおしゃれなブティックホテル。そこを足場にワシントンD.C.の美術館三昧の旅を存分に楽しんだ。

そして3日目にプレゼンに参加。もともとホテル代を安くあげることだけが目的だったので、セールスマン達がアグレッシブなのは覚悟していた。しかし、あまりのバカバカしさに結構まじめに闘ってしまい、結果的には疲れた。

プレゼンではまず「1年にどのぐらい旅行しますか。どのぐらいの予算をつかっていますか」と聞いて来た。去年使った金額を言ったところ「当クラブの11万ドル(1千万ぐらい)の不動産譲渡証明書(deed)がお薦めです」と言う(昨年は日本への帰省、夫のハワイでの学会、シアトルでの結婚式などかなりの額を使ったので現実離れした額になった。)証券を購入することで、このクラブのホテル群の1部屋を抽象的に所有することになり、全世界に散財するホテルに4週間/年無料で泊まれる。購入額によってポイントの数が違って来る。

こういう営業の常で、セールスマンは、手元の紙に数字を書き込みながら凄いスピードで喋る(戦略の1つだ。)面白いことに私達にはパンプレットも何も渡されない。ひとつ質問をすると10ぐらい新しい情報が出て来てくる。これって詐欺だよなぁと思いながらも腹が立つので、また質問をする。アップグレードやメンテナンス、次から次へとコストが加算され値段が高くなる。日本のホテルにはどんなところがあるのか聞いたら、厚い冊子を開いてくれた。鹿児島のホテルを見てみたけれど聞いたことのない所だし、写真をみると、ちょっと高めのビジネスホテルレベルで全然しょぼい。私達が冊子をぱらぱらめくっていたら、セールスマンは席を外し、もう一人の営業マンを連れて来た。この2人目、来るなり「98.7%だよ」と大きな声で言う。「え?何が?」と思ったけれど、質問するのもバカバカしくて聞き流した。

そして「もしこの11万ドルの契約に今日サインして頂けば、特別にこれを7万ドル(650万)に負けます。ボスに交渉してお宅さんにだけの特別値段を出してもらいました。当社は上場している会社なんですが、この1年で株が凄く上がりました。このポイント今は11万ドルですが、数ヶ月すると凄く値上がりしますよ」と言って来る。余りにも見え見えで、殆ど吹きそうになる。そんな高価な買い物を2時間のセールストーク後に物件も見ずにする人がいるのだろうか?

「そんな高い買い物できません。メンバーの特典やホテル、法的権利を文書化したパンフレットがあれば、今後考慮する上で頂きたいんですが」と言ったところ、そういう文書はないからウェブを見てくれと言われた。そして私達がサインする気がないと分かった時点で殆ど背中を押すように閉め出された。

このW社はかなり有名なホテルチェーン。あまりに定番の詐欺トークにちょっとびっくりだった。後からウェブでリサーチしたところ、カスタマーからの不平が山ほど出ていた。買わされちゃった人は本当に気の毒だけど、これほど見え見えのトークに乗せられた人ってかなりナイーブだ。

さて、「毒をもって毒を制す」って訳ではないけれど、2時間のトークに参加した後、「参加ご苦労さん」ということで75ドル分のギフトカードを貰った。つまり最終的には75ドル(6千円ぐらい)で3泊したことになる。かなり疲れたけど。

 

 

2012-03-08

Glass is Half Full or Empty? Frontline: Inside Japan's Nuclear Meltdown

東北大震災後の数日間を扱った米国PBSのドキュメンタリー「Frontline: Inside Japan's Nuclear Meltdown」を見たのは1週間以上前。心に大きく響くものがあり是非発信をしなければと思ったのだが、時間がうまくみつからず、ツイートすることしかできなかった。

ところが、このドキュメンタリーがWired Japanese editionで取り上げられていることを発見した(はてなブックマークのおかげ!)このサイトに行くとこのドキュメンタリーを観ることができるし、内容の概要もまとめてある。是非見て頂きたいサイトだ。

このドキュメンタリーを見て理解できるのは「東北大震災は未曾有のレベルの地震、津波だった。事態はもっともっと深刻になり得た。それを救ったのは当時福島で刻々と対応した現場の作業員、自衛隊、消防隊員、そしてリーダー達、そして最悪の状態の中での小さな幸運の積み重なりだった」ということだ。名もなきヒーロー達の活動を知ることができ、日本人であることに大きな大きな誇りを覚えた。

そのドキュメンタリーを見た後、もう一度「NHKスペシャル:事故はなぜ深刻化したのか」を見てみた。両方のドキュメンタリーが全く同じ時間軸を扱っていながら全く別の内容になっている。なぜだろう?両方とも素晴らしいドキュメンタリーなのだが、米国の映像とストーリーは実際に活動した人の目線で、個人の行動を具体的に追っていて、そこでの偉業を認識し讃えている。NHKのドキュメンタリーは「体勢としてシステムとして何がうまくいかなかったか」とかなり上からの目線で抽象的であり批判的だ。

私は米国に長く暮らし,子どもも米国で育てた。子育てをしながら痛切に感じたのが「褒める文化と叱る文化の差」だった。10代の子どもを育てながら気付いたのが「私は叱ることしかしていない」事実だった。心の中では子どものいいところも認めているのだけれど、表現する時は上からの目線で「足らないこと」の批判ばかりしていた。親から聞こえて来る言葉は批判ばかりだから、子どもは結局親の言葉に耳を傾けなくなる。それに比べ米国の親は子どものいいところはちゃんと褒める。褒められた子どもは少なくともその部分では照れくさそうに親の言葉に耳を貸し、自分の足らないところはある程度認める。親が子どもの価値を認めて表現しなかったら他の誰がしてくれるのだろう?「褒める」ことが子どもが自己確立と、自信を持たせる為にとても必要なのだ。

コップに水が半分は言っているのを見てGlass is half empty(コップの半分はからだ)という言う人とGlass is half full(コップに半分は入っている)と言う人に分かれる。両方とも正しいのだけれど「コップが空だ、空だ」とばかり言っていると、半分の水でできることも見失ってしまう気がする。

東電と菅政府が、事態の深刻さを正直に国民と世界に伝えてこなかったことは大きな問題で、批判することで隠蔽してる部分を掘り起こして行くことは大事だと思う。でも本当に多くの人が自分達の任務、責任の中で素晴らしい行動をし続けていることをもっと、もっと具体的に褒めて、誇りにしたらいいと思う。事態がここまでで押さえられたのは具体的に作業を行い、任務を果たしている人達、住民のお陰なのだから。

Wired Japanのライターが「状況によっては、もっと悪い事態も起こりえたのだ。3号機の爆発から間一髪で逃げ延びた自衛隊隊員は「本当にラッキーでした」と心の底からの安堵を顔に浮かべながら語っている。しかし、本当にラッキーだったのは、彼とその隊員たちだけではなかったのだろう。不謹慎は承知のうえで、そう思わずにはいられなかった」と言っている。最悪のシナリオではあったけれど、それが更に悪くなるのを防げているのは優秀で無私の日本人達のおかげだ。日本人の端くれであることを誇りに思います。有難うございます。

 

 

2012-02-20

シンクロニシティ?

不思議なこともあるものだ。今朝の10時5分ぐらいに教会に行くために携帯の音を消した後、私は夫に言った。

「ねえ、HとI、いつになったら結婚にコミットするのかしらね。もう2年以上一緒に住んでるし、すごく気も合うのに」H=息子 I =ガールフレンド

10時15分ぐらいに車に乗り込んで携帯をチェックしたところ

「言っといた方がいいと思うんだけど、僕たち婚約しました。。。。」というテキストメッセージがなんと10時5分に入っていた。

もっと不思議なのは昨夜の話。先週食事を一緒にした時息子はストレスと疲労で元気がなかったので、電話をしてみたところ「何?」とテキストメッセージが返って来た。「先週元気なかったし、仕事の具合はどうかと思って」とタイプしたところ「今の電話絶妙のタイミングだったよ。僕たち今バレーを鑑賞中。マナーモードにしてなかったから、幕中に音がしちゃったよ」「きゃ〜〜、ごめん、ごめん、enjoy!」と返した。

え、息子がバレーの鑑賞?ガールフレンドへのバレンタインデーのプレゼントかなとその時は思ったのだが、どうやら私はプロポーズ直前か直後の息子に電話をかけ、しかもバレーの舞台進行中にけたたましく電話のベルを鳴らしてしまったらしい。

シンクロニシティという言葉は、ウィキで以下のように説明されている。

シンクロニシティ(英語:Synchronicity)とは「意味のある偶然の一致」のことで、日本語訳では「共時性(きょうじせい)」とも言う。非因果的な複数の事象(出来事)の生起を決定する法則原理として、従来知られていた「因果性」とは異なる原理として、カール・ユングによって提唱された: Synchronizitätという概念の英訳である。 何か複数の事象が、「意味・イメージ」において「類似性・近接性」を備える時、このような複数の事象が、時空間の秩序で規定されているこの世界の中で、従来の因果性では、何の関係も持たない場合でも、随伴して現象・生起する場合、これを、シンクロニシティの作用と見なす。

まさにこれだ。母親としては失格だとかなり自信をもって言える私だけど、波長(とでもいうのかな)は一緒のようだ。

 

 

2012-02-09

ぱくり、ぱくりの今昔

日本人でありながら米国で中国史を研究している友人が上海の研究旅行から帰って来た。お土産は駄菓子。日本と中国は漢字を共有しているから当て字が面白い。可口可楽がコカコーラというのは有名な話だけど「巧克力」はチョコレートの意味なのだそうだ。だから「黒巧克力」はブラックチョコレート。袋を開けてみてびっくり!これは完全に「白い恋人」(chocolat blanc)のパクリだ↓ 吉本の「面白い恋人」よりオモシロイ。

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さらに今中国ではローソンなどの日系コンビニも大人気らしい。そして、そこで「日本風のグミー」が売っている。下の写真をよ〜〜く見て欲しい。

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「いさが」?「いちご」のことかしら?さらに拡大して右側の文字の羅列を読んでみる。

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「せんまむ包がまねす」?なんだこりゃ?パッケージを出来るだけ日本風にして、ひらがなを入れてるだけ。そして、これを日系のコンビニで売る。悪徳中国人が善良中国人を欺いてるわけ?

でも、昔の日本も(もしかしたら今も)それをやっていた。

子ども達が小さい時、母は孫達に日本製のシャツやズボンを良く送ってくれた。日本のは綿100%だからとても重宝していたのが、そのうちの一枚に蟹の絵が描いてあって「crad」と書いてあった。crab(蟹)のbとdを間違っていたのだ。なぜか私は、会う人毎に「これは日本のでね、bとdを間違ってるのよ、ホホホ」と説明をしていた。夫からは「お願いだから妙な英語の書いてある日本のTシャツは着せないでね、恥ずかしいから」と言われた。

最近漢字の刺青を入れている人が多いけれど、意味不明の熟語だったり、漢字が間違っていることもよくあって「漢字が分かる」私は、なんだか無性に恥ずかしくなり目を背けたりしたくなる。

パクリはパクリでいいんだけど、意味のある「字」を意味のないデザインにしちゃうと分かる人が妙に苦しむことになる。

ところで、こんなん(↑)食べて大丈夫なのかな〜、もう食べちゃったけど。

 

 

 

2012-02-06

ウニにまつわる話

昨日魚屋に行ったらウニがあった。殻に入って針をムニュムニュ動かしている奴だ。固そうな殻、痛そうな針、殻をわって中を取り出すのはダイヘンだろうと戸惑ったけれど買ってみた。

インターネットの記事を参考に、ゴム手袋をはめてキッチン用万能鋏で殻の下をジョキジョキ切ったらあっけないぐらい簡単に中を取り出せた。

大変そうだと思ったのには訳がある。

それは10歳の時の夏休み。お盆に母は私達を連れて実家に帰った。娘のことを思ってだろう。夕食のために祖母はバケツ一杯の真っ黒なウニに包丁を突き立てて中身を取り出していた。今から45年も前のことだからゴム手袋なんかなくて、素手にウニを載せて包丁を使っていた。見るのも怖いぐらい痛そうだった。

その夜、母と祖母は大げんかをした。母は子ども時代かわいがってもらえなかったことや今のフラストレーションをビックリするぐらい強い言葉で訴え続けた。

祖母と祖父は生後間もない母をお手伝いさんや爺やに預けて満州に5年ほど渡った。そのため母の心の中には「親にかわいがられなかった」という悔しい思いがずっとあった。その上、終戦3日前に空襲で家が焼け、さらに地主であった祖母と祖父は戦後の農地改革で全てを失った。母はお年頃になり大人になった時、急に家もない貧乏な娘になってしまった。その悔しさをぶつけられる相手は祖母しかいなかったに違いない。

当時私が10歳だから、母はたったの33歳。祖母にしても40の後半だった筈。

子育てと節約に疲れた若い母。お姫様で包丁も握ったこともあまりなかった筈なのに娘のためにウニを買って来た祖母。なのに喧嘩しか出来なかった2人。

痛そうなウニの針と、「こんなに不味いものを食べるなんて信じられない」と吐き出したウニの味と、今の私よりずっと若い2人の女のやるせない気持ちと。すっかり忘れていた過去が急に蘇って来た。

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*今は鮨ねたでウニほど美味しいものはないと思います。